2012年7月3日火曜日

日本橋紹介Ⅳ

みなさん、今年の梅雨はなんだか雨の日が少ないような気がするのは私だけでしょうか?

さて、今回の日本橋紹介は小伝馬町です。

これまでに紹介してきた日本橋の周辺よりもさらに知名度が低いような気が私にはとてもとてもするのですが・・・
小伝馬町は、最近阿部寛主演の「新参者」や、あの大沢たかお主演の大人気ドラマの「仁」に出てきているんですよ。
また、江戸時代の牢屋敷の跡があるってことが有名ですよね!

伝馬町牢屋敷は江戸時代最大の牢屋敷であり、長州藩士で明治維新の精神的指導者として知られる吉田松陰や、
医者・蘭学者であり幕府の異国船打ち払い令を批判したことで有名な高野長英らが収容された牢屋敷でもあり、
明治8年に市ヶ谷囚獄ができるまで使われていました。
(ちなみに吉田松陰は叔父が主宰していた松下村塾の名を引き継いで、出獄後に幽閉されていた杉家の敷地内で開塾し、
高杉晋作や伊藤博文を指導したことでも有名な方でしたね)

都市改造や防災への取り組みの改善が行われたきっかけとなった明暦の大火がおこった際、
この牢屋敷でのちの旧監獄法や現在の刑事収容施設法にも影響を与える出来事が起こりました。

当時の石出帯刀の石出吉深による独断の「切り放ち」です。


石出帯刀とは伝馬町牢屋敷の責任者のことです。(ちなみに世襲制です)
戦禍・震災を除けば日本史上最大の火災で当時の江戸の大半を焼失した振袖火事・丸山火事とも呼ばれる
明暦の大火がおこった際、当時の牢屋敷の長官だった吉深は焼死が免れない立場にある罪人達を哀んで、
囚人達に「大火から逃げおおせた暁には必ずここに戻ってくるように。さすれば死罪の者も含め、私の命に替えても必ずやその義理に報いて見せよう。もしもこの機に乗じて雲隠れする者が有れば、私自らが雲の果てまで追い詰めて、その者のみならず一族郎党全てを成敗する」
と言って死罪の物も含めて「切り放ち」を行ったそうです。

その結果どうなったとみなさん思いますか?

なんと!!

囚人達は約束通り戻ってきたそうです!しかも全員


吉深はその義理堅さに感銘を受け、そのような人たちを失うことこそが国の損失と考え、これを老中に報告し、死罪の者も含めた全員の減刑が実現したのです。その話が幕閣によって追認されて以後
「切り放ち後に戻ってきた者には罪一等減刑、戻らぬ者は死罪(のちに緩和)」
とする制度として慣例化し、現在に至るまで法制度に影響を与える出来事になりました。


現在牢屋敷は十思公園・村雲別院・大安楽寺などになり、
東京メトロの小伝馬町駅近くに伝馬町牢屋敷跡があるそうです。


当社からのセミナー帰りにでも寄ってみてください。
さて、来週開かれるセミナーを一つだけ紹介したいと思います。


7月9日(月)14:00から
経営に貢献する監査部長の職務 ~自社の健全かつ継続的発展の保障~
というセミナーが開かれます。 興味がある方はお気軽にお問い合わせください。
(http://www.kinyu.co.jp/cgi-bin/seminar/241297om.html)

サブタイトルが自社の健全かつ継続的な発展の保障とありますが・・・・・・
なんと昔の江戸時代の牢屋敷内では、人数が増えて生活に支障ができようになったら、牢内の規律を乱す者やいびきのうるさいものなどを殺す「作造り」と呼ばれる行為が行われていたそうです。
さらに殺したあとは「病気で死んだ」と届けを出し、特に咎められることもなかったそうです。
・・・・恐ろしすぎますね、現代に生まれて良かったです!

次回のコラム記事では何を紹介しましょう?
楽しみにお待ちください!


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