2012年8月17日金曜日

オリンピックⅤ

さあ、このコラムがオリンピック関連最後のコラムになります・・・・

今回は幻のオリンピック、1906年にギリシャ・アテネで開かれたオリンピックについて紹介したいと思います。

みなさん、あれ?って思いません?

1906年って・・・・4で割れないですよね?

実はこれ、一度だけ開催されたオリンピック中間大会なのです。

近代オリンピックが出来た当初、創設者であるクーベルタン男爵
世界各地で4年ごとに開かれるべきだと主張しましたが、
オリンピック発祥の地であるギリシャの王、ゲオルギオス1世
4年ごとにずっとギリシャで開かれるべきであると主張したのです。

2人の主張は平行線をたどり、収集がつかなくなってしまったためにその打開策として考え出されたのが
4年ごとに世界中で開かれるオリンピック大会とは別に
その中間年で4年ごとにギリシャでもオリンピックを開催しようということになたのです。
(現在冬季オリンピックが夏季の中間年に行われていますが、それは1994年の第17回 ノルウェー・リレハンメル大会からで、第16回のフランス・アルベールビル大会までは夏季と同じ年の開催でした)

しかし、なぜ幻となってしまたのでしょうか?

それは・・・なんとこの後、ギリシャの政情が不安定になってしまった上に
ゲオルギオス1世がオスマン帝国が奪還したテッサロンキ(ギリシャ)を訪問した際に暗殺されてしまったのです!

そして、一回しか開催されなかったこの大会は特別大会とも中間大会とも呼ばれていますが
1950年に国際オリンピック委員会によって公式に記録が消されてしまい、幻のオリンピックと化したのです。

さて、最後に近代オリンピックの父であるクーベルタン男爵について紹介して終わりましょう。

クーベルタン男爵、本名ピエール・ド。クーベルタンはフランス・パリの出身です。

「オリンピックは勝つ事ではなく参加することにその意義がある」

彼の有名すぎる言葉としてみなさんも知っているのではないでしょうか?
実は!この言葉を有名にしたのは彼に違いないのですが、発祥は彼ではありません。

第5回オリンピック・ロンドン大会当時アメリカとイギリスは敬遠の仲でした。
アメリカの選手団はイギリスに入った後様々な嫌がらせを受け意気消沈していました。
それを見かねた聖公会の大主教であるエセルバード・タルボットが聖餐会にて彼にかけたその言葉に
クーベルタンは大変感銘を受け、のちに晩餐会で広めたことで世間に知れ渡り、
いつしかクーベルタン男爵の言葉になったのです。
では、実際に彼自身が残した言葉とはなんでしょうか? 
「自己を知る、自己を律する、自己に打ち克つ これこそがアスリートの義務であり 最も大切なこと」
これが彼自身が考案し、残した言葉です。

そんな彼ですが、1912年に開かれた第5回オリンピックのストックホルム大会には選手として出場し
芸術競技において母国のフランスに金メダルをもたらしています。
さらにその後、第2代のオリンピック委員会の会長も務めました。


さあ、これで5回に回るオリンピック記事も閉幕です。
みなさんは今日がお盆休み最後の日でしょうか?
土日しっかりと休んで、月曜日に備えましょう!


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